会計事務所の社員だったころ③
ミーティングスペースや会議室にホワイトボードがある会社は、儲かることが多い。
という視点があるという話、聞いたことがありますか??
皆様お疲れ様です、田中です。
今回はキャリア振り返り第3弾、会計事務所の退職について。
ちょうど入社して5~6年目、仕事は一通り慣れて、指導すべき後輩もでき、お客様との信頼関係もそこそこ構築できたかな?というステージでした。
とはいえ、私生活におけるステージでいうと、ちょうど一人目の子供を授かることができ、これからのライフプランを自分一人ではなく、家族全員の未来まで背負いながら、考えなければならない状況でした。
当時26歳。
お客様の事業計画はイメージできたのに、自分のライフプラン、将来のイメージが全然湧き上がってこない。そんな奴にお客様の悩みを解決できるのか?とも突っ込みたくなる時期でした。
いくつか要因はありまして、
①資格がなければキャリアアップできないと思わざるを得ない業界風土
②商業高校→専門学校と、コミュニケーションをとる人数がどんどん減っていく(アルバイトも祖父の便利屋業の手伝い)ため、同年代の仕事への取り組み方がわからない
③収入は業界と年齢のマトリクスから考えると低くはないものの、将来の収入が上がるイメージもなかった
など。。。
そこに拍車をかけたのが、上司が変わり、自分たちのリスクを優先的に考えた保守的なスタイルへの転換命令。
そこは何があっても
「お客様のために、ぎりぎりを攻め、できないことはありません!」
と、会社と戦うこともできたのでしょうが、結果、会社にはイロイロうまく報告しながら、現場の経営者の意向を最優先する仕事の進め方をしていました。
お客様からすれば当然なことではありますが、内部の本音というのは、時には複雑なことも。今となっては、ここで戦えなかった自分を反省しています。できることはもっとあったんじゃなかったのか。。。ただ当時は、愚痴が先行するような、弱い人間性が先に出ていました。
そんな中、今後の生活への不安や、やりがいを見いだせない同僚が次々に退職。
「沈む船、賢い人から先に降りる」
とはこのことなのかぁ。そんな思いで、求人情報を見るもあまりいいものがなく、職業紹介エージェントからは、関東での仕事か、道内の中規模企業の財務主任の仕事を紹介され、待遇は悪くないものの自分の価値観と向き合う中、たどり着いた会社。
ここを見つけたのは、なんとtwitterだったのです。
普段自分に自信はあってもリスクをとることを恐れている自分が、気が付けば求人の投稿にメッセージを送っていました。